この人に聞く!vol.24 小原流鎌倉支部 稲垣翠葉先生
稲垣 翠葉先生
2002年5月一級家元教授取得
現在鎌倉支部長を務める稲垣先生。
稲垣先生は以前、千葉北支部、大阪支部でも活動されていました。
またロサンジェルスのコミュニティカレッジ、聴覚障碍者の方に手話でいけばなを教えるなど、教授者としてとても幅広く活動されています。
個人活動ではレストランでのいけ込み、音楽家の方とのコラボなど稲垣先生ならではの活動も。
支部活動に伝統文化こども教室、ご自身の活動など毎日精力的に活動されている稲垣先生の魅力をご紹介します。

小原流との出会い
・先生といけばなの出会いについてお伺いさせてください。
高校の時に犬を飼うことにしたのですが、その犬をくれるという近所の方が小原流の先生をされていたんです。
お花に興味があったので習いたかったのですが、母に許してもらえるか分からず、内緒で先生の家に通いました。正式に習いに行くというより、遊びに行ってお花をしていたという感じです。
何度も通っているうちに母にバレて、「そんなに習いたいならやってみなさい。」と小原流のいけばなを習い始めました。犬との出会いが小原流の出会いにもなりました。
先生は千葉北支部に所属されており、とてもいけるのが上手な先生でお花に対する姿勢が素敵でした。今でも尊敬する先生です。
・千葉北支部から鎌倉支部に支部移動されたのですね。
結婚して鎌倉に移りました。
千葉北支部から鎌倉支部の山越先生にご紹介いただきました。
鎌倉支部では「部員さん」という花材や花器を並べたりお手伝いをするところから始めました。
引っ越した先に小原流があって続けられたというのも縁ですかね。
ロサンジェルスでの活動
・ロサンジェルスでも活動を教えてください。
夫の仕事の関係で5年くらいロサンジェルスにいました。
ロサンジェルスに行くことになった時、富田先生がロサンジェルスの正原先生と河村先生をご紹介くださいました。
コミュニティカレッジで教えられていたのですが、ロサンジェルスに行く話をしたら「すぐに手伝って欲しい。」と言われて。ベビーシッターを探したり、アメリカでの車の免許を取ったりと慌ただしくて大変でしたが、1週間後にはお手伝いに行きました。
生徒さんは駐在されていた方もいましたが、現地の方が多かったです。
皆さんのお花を好き!という純粋なキラキラした目が印象に残っています。
最初は英語を全然話せなかったんですが、正原先生に「手を動かして見せなさい。好きなことだから、言葉もすぐに覚えるから。」と言われたんです。
必死でしたが、そのおかげで英語も話せるようになり、アメリカにもすぐに慣れることが出来ました。
コミュニティカレッジでは自分も学びながら、アシスタントとして活動しました。

実はロサンジェルスに行く前、少し小原流に対して距離をおこうかなと思っていたところでした。
研究会で点数を付けられたりしてちょっと楽しくなくなったというか。
でも、こちらに来て活動しているうちに、やっぱりお花が好きという気持ちを再確認しました。
あちらでは、お花を揃えるのに市場やお庭の花を使う以外にも、州が運営するようなガーデンでガーデナーの方が間引きした枝を拾って使ったり。「要らない枝でもこんなにいいものが出来る。」とすごく面白いんですよ。
あと燕子花とか菖蒲がロサンジェルスにはないんですね。
だから燕子花を作るんです。みんなでアイリスの葉を燕子花に仕立ててということもしました。
下のクラスになるといけ方がなあなあになってしまうこともあるのですが、正原先生は間違ったことは教えられないと、きちんと教えられていました。
ロサンジェルスでは、いけばなインターナショナルでも活動しました。植物園でのデモンストレーションは大変でしたが楽しい思い出です。
私は習ったところが偶然小原流だったのですが、色々な流派を見て勉強させていただいたら、やっぱり小原流が好きだったんです。写景も琳派も。
一度は小原流から気持ちが離れかけましたが、ロサンジェルスでの活動を通じて小原流を見つめ直し、小原流を続けようと強く思えました。
お花でお友達も沢山出来ましたし、凝縮された5年間でした。
大阪での活動
・ロサンジェルスから神戸に戻られたんですね。
戻ってきて地震があったので、神戸では活動出来ずに大阪支部に所属しました。
先生もロサンジェルスでお世話になった河村先生にご紹介いただき木村先生のお教室に。
転居が多くても小原流とはちゃんと繋がったという感じです。
大阪支部には7年間所属し準幹部をさせていただきました。
・大阪時代の思い出を教えてください。
ロサンジェルスでの生徒さん達の純粋なキラキラした目が忘れられず、また海外の方に教えられればと思っていたら、「聴覚障碍者の方に教えてみませんか?」というお話が来たんです。私には思いつきもしなかったことですし、手話も出来ませんのでお断りしましたが、先方の「手話を覚えてください。どうしてもいけばなを学びたいんです。手話を覚えてくれるのを待ちますから!」という熱意に負けました。もう無理だと何度も思いましたが、必死で手話を学び教えられるようになりました。
聴覚障碍者の方たちには、いけばなをとても喜んでもらえました。本当にキラキラしたで目で純粋にいけばなを学びたいという思いに圧倒されました。
大阪時代に1年半、鎌倉に戻ってからも1年くらい大阪に通って教えていました。大変でしたが手話で教えるという貴重な経験が出来ました。
また機会があったら手話で教えてみたいと思っています。
レストランでのいけ込み
レストランでのいけ込みはずっとしています。
もともとレストランにお花をいけたいなと思っていたんです。
最初はいけたいと思ったレストランに「お花を飾りませんか?」と営業しました。
・レストランでのいけ込みがテレビドラマで使われたりしたんですよね。
はい。『最後から2番目の恋』ですね。他にも昔のドラマの再放送があると、「また放送されていましたよ。」と声をかけていただいたりもします。
今はレストランにショップカードを置かせていただいています。何名かの生徒さんは、そのショップカードを見てくださって来てくれたんですよ。
ピアノ演奏とのコラボ
ミュージシャンの方に声をかけていただいて、コラボに挑戦するようになりました。
ピアニストの方と、今回はこんなテーマでこんな曲でと打ち合わせをして即興で20分くらいでいけます。
オアシスはあえて使いません。壺に小原流の留め方でいけていきます。
観客の方は「そんなので留まるの?」と思って見ています。
小原流で習った留め方で順番に留めていくと、すごくいい反響があります。「あれ?何で留まるの?」とビックリされて。
即興だから留めが動いちゃうこともある。何とか曲が終わるまでにまとめなくてはいけないから大変です。
ピアニストの方とアイコンタクトをしながら進めていくのですが、見ている方がドキドキハラハラしているのが分かります。
でも一番私がドキドキしていたかもしれません。大変ではありますが、結構いい体験なんです。
コロナになってお休みしていましたが、そろそろまた再開したいですね。
小原流の魅力
小原流の魅力はシンプルなところでしょうか。
小原流の写景、琳派は本当に素晴らしいです。
引き算していくといういけばな独特のいけ方は、海外の方にも刺さるようです。
これからも小原流の魅力を伝えていきたいと思います。
今回ご紹介した稲垣先生は、英語でも手話でもいけばなを教え、レストランでいけたりミュージシャンとコラボするなど、とてもパワフルな魅力あふれる先生でした。
「好きなことに繋がるなら上達は早い。ドキドキはいい経験。」と先生はおっしゃいます。
先生のようになるのはなかなか大変ですが、手話を1から学び教えるまでに努力された姿勢や、飛び込みでレストランに花を飾らせて欲しいと新しい場所に飛び込む勇気を見習いたいと思いました。
「また聴覚障碍者の方へのいけばな教室を始めましたよ。」という連絡を楽しみに待っています。
そして鎌倉は観光客の多い土地でもあります。是非英語力を生かして小原流いけばなの魅力を世界に伝えていただければと思います。